雷が運営するサイト・蒼雲草のブログページ。日々のことを書き綴る予定。あくまで予定。
調べ物のために、古い小説を手当たり次第に読みあさっていたのだけど、
そのなかで次のような一節を見つけた。
「魔法で人を殺せるなんていう考えは、何百年かむかしの話……
二十世紀の今日じゃあ、全然通用しませんね」*
物語の舞台は、とある実業家の邸宅。
誰も出入りできないはずの部屋から忽然と姿を消した女性が
翌朝、その部屋で、胸を刺されて殺された状態で発見された。
思わぬかたちで密室事件にたちあった新聞記者は
まるで魔法が使われたようだと戸惑っていたが、
そんな彼に、現場にやってきた刑事が言って聞かせたのが、
さきの一節だった。
だが待ってほしい。
魔法を人で殺せるなんていう考えは、たしかにむかしの話だ。
しかし何百年かむかしの話というほど、古くはない。
「およそ妖術毒薬を用い人を殺すものは、おのおの謀殺をもって論ず」と
妖術によって人を殺した場合の刑を定めた「假刑律」が編纂されたのは、
明治元年――1868年のことで、くだんの小説は1956年の発行である。
假刑律編纂から小説が書かれるまで、たった88年しかたっていない。
「何百年かむかし」というほど、古い話ではない。
人々はごく最近まで、魔法や妖術で人を殺すことができると、
ほんとうに信じていたのである。
* 高木彬光「鏡の部屋」(邪教の神, 東方社, 1956, p.147)
小寺無人『アガシラと黒塗りの村』(産業編集センター, 2024)を読んだ。
巨人伝説をモチーフにしていると聞いて、「ほほう、それは興味深い…」と取り寄せた一冊。
ほら、俺って、研究室に「琵琶湖と富士山をつくった巨人の伝説」という論文もどきを公開しているしさ。
さてさて小説を読み始めて、まっさきに登場するのは「べったん湖」という地名。
いかにも巨人の足跡にできた沼池らしいネーミングが心をくすぐる。
次に「セイタカ様」と呼ばれる、巨大な地蔵。
つい「制多迦童子」との関連を疑ってしまったけど、ここは素直に「背高様」で良さそう。
さらに「こしかけ山」。
なるほど、山に巨人が腰かけたという伝説は各地にある。
そんな民俗好きにはたまらないキーワードが続出するかたわらで、殺人事件が発生する。
事件をめぐるミステリーと推理劇が展開されるのと並行して、
主人公・黒木は、友人から依頼された古文書の解読を進めて、
逗留先である旧家の来歴と、秘匿された村の歴史をつきとめる。
いわゆる「因習村モノ」の系譜につらねることもできそうな作品だけど、
読み心地は終始さわやか、登場人物はみな現代的な感覚を持ち合わせていて、
「因習にとらわれている」一部の登場人物の造形も、イヤミが無い。
殺人事件をめぐるミステリーも、ちゃんとミステリーミステリーしている。
衒学的、というと悪口に聞こえちゃうだろうけど(実際、辞書的にはネガティブな意味合いが強い)
こんなふうに大量の知識と豊富な情報を、読者にあびせかける、『ダ・ヴィンチ・コード』のような作品が、
俺は大好物なんだと、あらためて思った。
口承文芸研究家・安井の論説場面なんか、モロ好みだもんね。
Pixiv企画「ソウル・バース・スピアヘッド」に参加するにあたり、
ひとつ気になることがあったので調べものをしていた。
ソバスピはいわゆるポストアポカリプスの世界観で、災厄に見舞われたかつての日本を舞台に、
企画参加者は3つある陣営のひとつを選んで、荒野と砂漠で生きる人々をロールプレイする。
物語舞台であるニホン(旧日本)はヒガシとニシに二分されており、両者は対立関係にあるが、
緩衝地帯として「チューブ」を設定したことで、とりあえず今は平穏を保っている。
このチューブは、ギフ、トヤマ、イシカワ、アイチ、シズオカを圏域に含んでいるが、
あきらかに現代日本の中部地方と岐阜県、富山県、石川県、愛知県、静岡県をモデルにしている。
しかしこの「チューブ」の現在の圏域は、ヒガシとニシの浸出によって支配地を削られた結果らしく、
過去のチューブの圏域は、もっと広大な範囲に及んでいたと考えられる。
では、最盛期のチューブの圏域は、どれほどの広さだったのだろう。
現代日本における「中部地方」の扱いから、推測してみたい。
そもそも中部地方の範囲は、法令によってバラバラで、まったく定まっていない。
たとえば国土形成計画法は、中部圏は「愛知県、三重県その他政令で定める県の区域」としており、
国土形成計画法に規定される国土形成計画との調和を保つとされる中部圏開発整備法は、
「富山県、石川県、福井県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県及び滋賀県の区域」の9県としている。
国土調査法施行令では8県を中部としており、さらに東西ふたつのエリアに細分化して、
中部東は「新潟県、山梨県、長野県、静岡県」、中部西は「富山県、石川県、岐阜県、愛知県」としている。
人事院中部事務局は「富山県、石川県、福井県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県」(7県)を管轄する。
中部地方環境事務所も同じく7県を管轄するが、内訳は「富山県、石川県、福井県、長野県、岐阜県、愛知県、三重県」と、入れ替わりがある。
警察法は中部管区警察局の管轄区域を「富山県、石川県、福井県、岐阜県、愛知県、三重県」(6県)としている。
この管轄区域は、司法にかかわる名古屋高等検察庁や名古屋高等裁判所の管轄区域と同じであり、
受刑者の仮釈放などについて判断・決定する中部地方更生保護委員会の管轄区域とも一致する。
このように、同じ行政機関であっても、どの県を中部地方に含めるかはそれぞれ異なっている。
しいて中部地方の「最大範囲」を想定するなら、
「新潟県、富山県、石川県、福井県、山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県、滋賀県」の11県になるだろうか。
これを踏まえると、ソバスピに登場するチューブの最盛期の圏域については、
「ニイガタ、トヤマ、イシカワ、フクイ、ヤマナシ、ナガノ、ギフ、シズオカ、アイチ、ミエ、シガ」と考えられる。
ニイガタ、ナガノ、ヤマナシはヒガシに、フクイ、ミエ、シガはニシに削り取られたと想定できそうだ。
※参考文献 大明堂編集部 編『新日本地誌ゼミナールIV 中部地方』(大明堂 , 1983 , p.222)
Pixiv企画「ソウル・バース・スピアヘッド」に投稿した自キャラのシャルマは、「エルフとオーガのハーフ」だ。
エルフの母から魔力とすぐれた五感を、オーガの父から怪力を受け継いでいる。
ところでエルフと人間のハーフなら「ハーフエルフ」、オーガと人間のハーフなら「ハーフオーガ」と呼ぶのがシンプルだけど、
エルフとオーガのハーフなら、なんと呼ぶのがふさわしいだろうか。
たとえば『指輪物語』にはウルク=ハイという種族が登場するけど、このウルク=ハイについては、
映画「ロード・オブ・ザ・リング」では、オークと人間を掛け合わせて造り出された種族と説明されている。
いってみれば、オークと人間の「疑似的な」ハーフであると考えることもできそうだ。
「エルフとオーガのハーフ」にも、「ウルク=ハイ」のような呼び名を設定している物語作品があるだろうか。
あった。
「ダンジョン・アンド・ドラゴンズ」に、N'djatwa(ンジャトワ)という種族が登場するのだ。
ただし、とんでもなくマイナーな種族らしい。
ファンサイトでも「D&Dというゲームの歴史上、もっとも無名な種族」といわれる始末だ。
ンジャトワは、ながらく対立していたオーガの氏族Nunjarと山のエルフHatwaが、
予言に従って和解し、両族の混血をすすめることで生まれた種族だという。
オーガの身体能力とエルフの知性をあわせもつが、他種族を奴隷にするなど非常に野蛮な性質もそなえている。
とくに食文化については嗜好が残虐で、血なまぐさいことこのうえない。
正直、自キャラの種族名を「ンジャトワ」とするのは憚られる。
イメージが悪すぎる。
というわけで、いまのところシャルマについては、
「エルフとオーガのハーフ」という表現におちつきそうです。
※参考文献
・Moore, R. E. ed.「Dragon Magazine Iss.158」(Lake Geneve , 1990.6)
・1d6chan>N'djatwa(https://1d6chan.miraheze.org/wiki/N%27djatwa)(2024.8.14)
ずいぶん前にWikipediaでキマイラのことを調べていたら、トルコ版の記事に「キマイラはベレロフォンによって地下七層に落され、今もそこで炎を吐き続けている」という記述を見つけたことがある。
キマイラは、火炎を吐く怪物で、頭が獅子、胴がヤギ、尾は蛇という異形の姿をとる。
姿形については、獅子とヤギの双頭だとか、尾も蛇そのものだとか、有翼だとか異説も多い。
この怪物はリュキア(現在のトルコ南西部)に棲みつき、町を襲って人々を苦しめていた。
そこで勇者ベレロフォンがペガサスを駆ってキマイラに挑み、みごとキマイラを討ち倒した。
これが、ギリシア神話のキマイラにまつわるエピソードの大筋だ。
しかしトルコの伝承では、少々様子が異なる。
ベレロフォンがペガサスに乗ってキマイラと戦うのはそのままだけど、ベレロフォンは槍を振るって、キマイラを7層の大地の底に叩き落とすのだ。
地底に閉じ込められたキマイラは炎を吐き続けており、その炎は、いまも地上で燃え続けているという。
この「キマイラが吐き続けている炎」が地上に現われたのが、ヤナルタシュの炎だという。
ヤナルタシュとは、トルコ語で「燃える石」という意味で、国立公園内にある天然ガス源のこと。
岩の谷間から噴出するガスは燃え盛り、その火が消えることはない。
んで、肝心の「キマイラは7層の大地の底に閉じ込められた」という部分の出典が、いまいち分からない。
当該伝承を記載している旅行ガイドもあるけど、文面がWikiの記事とそっくりで、出版年も考え合わせると、どうしても完コピを疑ってしまう。(Sari , 2018 , p.52)
地元の自治体やホテルの公式サイトにも関連記事があるから、根も葉もない話ではないはず。
アクデニズ大学のサイト内にも、この伝承についての研究ノートらしいページがあったけど、URLを失念し、当該ページにたどりつけなくなってしまった。
二度と手掛かりを失わないよう、こうして覚書きを残しておく。
Sari, E.『Terra Magazine (Hazİran Sayisi)』, 2018.6
Ford Hotel「Chimera」(https://www.fordhotel.net/chimera-liva-160.html)(2024.5.13)
T.C. Kemer Kaymakamlığı「Chimera/Yanartaş」(http://www.kemer.gov.tr/chimerayanartas)(2024.5.13)