雷が運営するサイト・蒼雲草のブログページ。日々のことを書き綴る予定。あくまで予定。
調べ物のために、古い小説を手当たり次第に読みあさっていたのだけど、
そのなかで次のような一節を見つけた。
「魔法で人を殺せるなんていう考えは、何百年かむかしの話……
二十世紀の今日じゃあ、全然通用しませんね」*
物語の舞台は、とある実業家の邸宅。
誰も出入りできないはずの部屋から忽然と姿を消した女性が
翌朝、その部屋で、胸を刺されて殺された状態で発見された。
思わぬかたちで密室事件にたちあった新聞記者は
まるで魔法が使われたようだと戸惑っていたが、
そんな彼に、現場にやってきた刑事が言って聞かせたのが、
さきの一節だった。
だが待ってほしい。
魔法を人で殺せるなんていう考えは、たしかにむかしの話だ。
しかし何百年かむかしの話というほど、古くはない。
「およそ妖術毒薬を用い人を殺すものは、おのおの謀殺をもって論ず」と
妖術によって人を殺した場合の刑を定めた「假刑律」が編纂されたのは、
明治元年――1868年のことで、くだんの小説は1956年の発行である。
假刑律編纂から小説が書かれるまで、たった88年しかたっていない。
「何百年かむかし」というほど、古い話ではない。
人々はごく最近まで、魔法や妖術で人を殺すことができると、
ほんとうに信じていたのである。
* 高木彬光「鏡の部屋」(邪教の神, 東方社, 1956, p.147)